忘れないで

厭世的なぶろぐ

いくつもの刃が胸を刺す

信じることは尊いこと。裏切ることは下卑たこと。そう考えてきた、いや今でもそう思っている。裏切られた、傷つけられた、そんなところも含めてその人なんだと受け入れられる様な人間だと思っていた。でも、現実は違う。いっときの感情で"一生"とか"絶対"とか"何があっても"なんていう言葉を平気で使う。その時は本当に思っていたからだとか、そんな事を言い訳に気持ちを蔑ろにされる。

 

本気であることが美しいとか、その時はその時、今は今みたいな、思考を放棄して感情という彼らにとっての絶対善を理屈に築かれてしまったその偽りの純真を砕いてしまいたい。それを砕けば全てうまくいくからか。いや、それを砕けば全てが消えて無くなるからだ。

 

何もかもが夜テレビの放送がなくなった後のザーザーというノイズのような音が脳裏に残存している。全身を言葉が駆け巡っていく感覚とは程遠いなにか。雑音が脳を反芻し、頭蓋骨にぶつかっては頭蓋骨にぶつかり共鳴し、増強されていく感覚。

 

 

人を想う気持ちを、人を傷つける気持ちを、僕は大切に、そして雑に持ち続けなければならない。